Tidetable · 第4号 · 2025年9月7日

パン職人たちに告げる鐘

市場の裏手の通りでは、二度目の焼き上がりに合わせてパン職人が手鐘を鳴らす。時を告げる音の、ささやかな歴史。

Ilse Marrow 著 · 2分 · ウェブで読む

平日は九時十五分、土曜日は9時半になると、屋根付き市場の裏手にある細い通りに手鐘の音が響く。木の柄がついた小さな真鍮の鐘で、かつて先生が休み時間の終わりを告げるのに使っていたようなものだ。そのとき小麦粉で手が白くなっているほうのパン職人が、二人のうちどちらかが鳴らす。二度目の焼き上がりを告げる音だ。この通りでは、二人のどちらかが生まれるずっと前から、ずっとそういう意味を持ってきた。

五十歳未満の人で、このことを知っている人はいないようだ。若い住人たちは、あの鐘を気の利いた演出、訪れる人を楽しませるちょっとした芝居だと思っている。年配の人たちはコートを着る。

一度目と二度目の焼き上がり

パン屋の一度目の焼き上がりは、どこかへ出かける人たちのためのものだ。働きに行く人、早朝の子どもの送り迎えに出る人、立ったまま食事を済ませる人。朝六時に焼き上がり、七時までにはなくなる。二度目の焼き上がりは、ここにとどまる人たちのためのものだ。昼食用のパン、十時前にはもう階段を上らなくなった三階の老婦人のためのロールパン、近所の人が彼女のところへ持っていく食パン。

鐘があるのは、二度目の焼き上がりが、また別の約束だからだ。買いに来る人たちは、どこかへ向かう途中に店の前を通るわけではない。呼びかけてもらわなければならない。電話が普及する前、台所の時計を誰もが信用できるようになる前は、通りの人々に、温かなものが待っていると知らせる手段は、音しかなかった。1

音で時を告げる時計

鐘が時を知らせながら、それを目に見せないところが好きだ。音は目で読むことができず、耳で聞くしかない。そして、窓ごとに聞こえ方が違う。角では鋭く響き、中庭の向こうではくぐもり、最上階ではほとんど聞こえない。そこに住む人たちは昔から、下の階の人たちが知らせを上へ伝えてくれるのを当てにしてきた。そういう意味で、鐘が測るのは時刻だけではない。通りの奥行きや、そこにある近所づきあいまで測っている。

数年前、パン職人たちに、誰もが電話を持つようになった今も鐘を鳴らし続けるのかと尋ねたことがある。年長のほうは、パンが焼き上がらなくなったらやめる、と答えた。問いにふさわしい答えより、ずっといい答えだった。2

注記
  1. 台所の時計は、この連作では後に扱う題材だ。少なくとも、そのいとこのようなものではある。めったに正しい時刻を示さず、信頼されることもほとんどない。それは同じことではない。

  2. 尋ねたのは私だった。伝統についての引用を期待していた。返ってきたのはパンについての言葉だったが、そのほうが役に立つというだけで、同じことだった。

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